引札からチラシへ~日本の文明開化と広告~(中編)
2022/03/28
普段みなさんが目にするチラシ。ぱっと見て強く印象に残るデザインから、グッと心つかまれるキャッチコピーまで、随所に工夫が凝らされています。チラシの原点ともいえる「引札」にも、そんな秘策が込められていたのでしょうか。 中編では、正月用引札などさまざまな種類の引札をご紹介します。
画像:年末年始に配られた正月用引札。おめでたい「鯛」と恵比寿大黒さま。
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/kyohaku/A%E7%94%B2798-8?locale=ja)
「引札」といっても、その種類はさまざまです。特に年末年始に配られたのが正月用引札。明治時代後半から大正時代初期に数多くつくられました。鯛や七福神をはじめ、縁起のいい絵柄が大きく描かれ、その横に屋号、店主、住所、紋などが記されています。
正月用引札が通常の引札と大きく異なる点は、配布時期が限定されることと、その配布先です。通常の引札は、店への誘致や商品の宣伝をするため、それぞれが選定した時期に不特定多数へ広く配られました。正月用引札は、年末年始に商店が顧客の家を訪ね歩き、あいさつと共に配っていたとのこと。
また正月用引札は、色鮮やかな絵柄が主体となったデザインで、今のチラシというより「絵びら」に近い存在でした。娯楽品が少なかった当時、一般家庭に正月用引札を配るととても喜ばれ、部屋に貼られ楽しまれていたとのことです。正月用引札は、一時的な広告というより、固定客確保のための広告ともいえるでしょう。
画像:正月用引札に描かれたのは、商品や縁起物だけではありません。暦表もそのひとつ。
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
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正月といえば、今も新聞などに「暦表」がついているのを見かけます。正月用引札の中にも、暦が書かれたものがありました。お店の名前は中央などに小さく書かれ、紙面のほとんどが暦。1年を通して部屋に飾られたなら、毎日その商店名を目にしながら暮らすわけです。今のカレンダーのような存在ですね。
この他にも、暦とセットで縁起物が描かれた正月用引札もありました。暦や縁起物など、絵柄は変わらずに商店名だけ変える、今でいうところの「名入れ」引札もあったようです。
画像:「醤油並に諸塩」。シンプル、イズ、ベスト!な引札ですね。
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/kyohaku/A%E7%94%B2798-160?locale=ja)
この引札はすごくわかりやすい!今でも使えそうな、シンプルなデザイン。酒屋や呉服屋、薬屋など、さまざまな商店が主力商品をアピールするため引札をつくっていました。文章の内容で引きつけるのか、デザインで引きつけるのか。今の時代と変わらず、試行錯誤していたことでしょう。
画像:「藻を刈る美人」。「藻を刈る」=「儲かる」なのだそう!
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
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これも正月用引札でしょうか。美しい女性が描かれています。なぜか、左の女性はしゃがみこみ、藻を刈っている…。藻を刈る=儲かる…という意味で、藻を刈る姿が描かれたのだそうです。
この他にも藻を刈るシーンを使った引札は複数残存。今のダジャレに近い形で絵柄が採用されていたとは、面白いですよね。
1870年には国内初の日刊新聞「横浜毎日新聞」が創刊。その後も政府が推し進める文明開化の流れに乗り、多くの新聞が創刊されました。その後の新聞広告や折り込みチラシの登場にも関係してきます。
引札は上方では「散らすもの」というところから「散(ちらし)」と呼ばれていました。大正時代に入り、正月用引札の生産枚数は減少。その名称も、全国的に「チラシ」へと移り変わっていったようです。
文・杉本友美
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参考文献:
『広告で見る江戸時代』中田節子 著・林美和 監修/角川書店
『江戸・明治のチラシ広告 大阪の引札・絵びら』大阪引札研究会 編/東方出版
『ものと人間の文化史130 広告』八巻俊雄/法政大学出版局
『明治・大正の広告メディア<正月用引札>が語るもの』熊倉一紗/吉川弘文館
『最新業界の常識 よくわかる広告業界』伊東裕貴 編著/日本実業出版社
引札からチラシへ~日本の文明開化と広告~(前編)