多種多様な表現方法が目を惹く掛軸~仕立や表装に注目~【後編】
2024/03/15
前編では、掛軸の歴史に焦点を当て紹介しました。後編となる本記事では、掛軸の仕立て方や表装(表具)などに注目してみましょう。
まずは、掛軸の部分名称をご紹介します。
上から順に、掛軸の高さを調整する「自在掛」、掛け軸を飾る際に、床釘などに引っ掛けるための紐を「掛緒」と言います。その下にある、芯のような部分は「表木(八双)」、縦に2本伸びている紐(裂)を「風帯(ふうたい)」、風帯の下部についた小さな飾り(房)が「露」です。
そして、掛軸の上の部分を「天(上)」、柄の入った部分を「中廻し(なかまわし)」、白い部分は、本来絵や文章などの作品が入る「本紙(ほんし)」と呼ばれる箇所になります。その本紙を挟んでいる、上下の細い柄の入った箇所は「一文字(いちもんじ)」です。中廻しの下は「地(下)」と呼ばれ、一番下の棒の入った箇所が「軸先(じくさき)」です。
ちなみに本紙には、紙を材料にした「紙本」と絹を材料にした「絹本」があります。絹が材料の場合は、生糸を繻子織した「絖(ぬめ)」と呼ばれる絹織物を使うこともあるそうです。また、一文字の部分には金襴(きんらん)などの上質な裂が使われますが、シンプルな掛軸にしたい時は省きます。掛軸を見かけた際は、どのような材料が使われているのか細部まで観察してみてくださいね。
掛軸の名称を理解したところで、続いては、完成するまでの流れを追っていきましょう。掛軸によって多少の違いはありますが、大まかな流れとしては、「取合せ」「寸法割り」「裏打(肌裏と増裏)」「裁断」「継立」「整形」「裏打(総裏)」「仕上げ」「巻き納め」 となります。
掛軸の制作の中でも重要な「裏打ち」という工程
画像提供:株式会社野村美術
はじめに、本紙に合う裂地を選ぶ作業「取合せ」を行い、仕上がりを想定し裂地を切り(寸法割り)、掛軸本体の補強と形成を担う重要な作業「裏打ち」に入ります。そして、この時使われる紙が、とても長い繊維で作られた手漉きの純楮紙(薄美濃紙) です。この紙を縦目(※)に使うことによって、掛軸が反りにくくなります。
1回目の裏打ち(肌裏)の後に、湿度による変化を防ぐために2回目の裏打ち(増裏)を行い、その後、裁断。同じく、裂地も裏打ちをした後に裁断します。そして、裁断した本紙と裂地を組み立てる「継立」を行い整形し、3回目の裏打ちである「総裏」へと移ります。ちなみに、総裏の時に使われる和紙は、「宇陀紙」 のように、虫がつきにくく薄くて丈夫な紙が選ばれるそうです。また、全部で3回ある「裏打ち」ですが、その度に、板に作品を張りつけ乾燥させる「仮張り」が行われます。
総裏が完了すると、いよいよ掛軸作りも終盤です。仕上げの工程では、仮張りが完全に乾いたことを確認後、剥がし試しに巻いてみます。裏が剥がれてこなければ、問題ありません。表木や軸などのパーツを作り、本体に付けていきます。その後、紐を通すための金具(鐶)や掛緒、巻緒を付け、掛軸を巻き筒状にしたら、紐を巻いて専用の箱に入れ完成です。このように掛軸は、職人の方が一つひとつ丁寧に、手間と時間をかけて作っています。
(※) 縦目:紙をつくる時に、漉き網の上を紙のもととなる材料(紙料)が、流れる方向に合わせて長く断たれたもの
続いては、本紙の魅力を引き出す重要な役割を担う、「表装(表具)」に注目してみましょう。前編の歴史紹介でも少し触れましたが、表装は書や絵より高額になることもあったと記録されており、先人たちのこだわりが垣間見えます。ちなみに、金襴(きんらん)や緞子(どんす)などといった、美しく高価な裂を使うのは日本独自の文化だそうです。
そして表装の形式は、日本では大きく「真」「行」「草」に分かれており、本紙となる書画の性格によってどの形式にするかを決め、表装を施す者の美意識や審美眼を頼りに仕立てていきます。そのため、表装に注目すると、施した人の個性や美に対する思い、考え方なども読みとれるのです。たとえば、「茶の湯」の世界。江戸時代に入ると、「利休表具」や「織部表具」「遠州表具」などといった、茶人の好みが反映された表装の名前が、茶会記に載るようになります。表装の詳細も残されており、寛永18年に、龍光院開祖の際に江月宗玩(こうげつそうがん)が飾った掛軸は、薄い柿色をした金紗(きんしゃ)の一文字に、濃い浅葱色の平絹(へいけん)の中廻し、天と地は茶色の絹が施された利休表具 であったそうです。一文字以外を無地で統一し、落ち着いた表装に仕立てている点から、「侘び寂び(わびさび)」を大切にした千利休らしい仕立てと言えるでしょう。
その後も、表装から感じる思いや個性は、現代に近づくにつれ多様で豊かなものになっていきます。これについては、日本に伝来したさまざまな文化の影響も理由の1つだと言われています。
今回は、掛軸の部分名称や仕立て、表装(表具)について紹介しました。多様な紙と裂を使い、本紙の性格や仕立てた人の思想を反映させた掛軸からは、先人の思いや当時の様子を想像することができます。そういった点も含めて、掛軸は、途絶えさせてはいけない日本文化なのです。
そのため近年は、掛軸の文化を守り世界へ広めるために活動している団体も存在します。そのうちの1つが、「kakejikuart」です。彼(彼女)らは、一流の掛軸職人と名だたるアーティストたちで構成されたアートグループ。それぞれが培ってきた経験や技術を注ぎつくられた作品の数々からは、美しさだけでなく力強さや生命力も感じられます。気になる方は、ぜひ下記URLから覗いてみてください。
kakejiku art:https://kakejikuart.jp/
文・鶴田有紀
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〈画像提供・協力〉
作業工程(裏打ち)の画像
株式会社野村美術
https://nomurakakejiku.jp/
〈参考文献〉
・『表装ものがたり 書画を彩る名脇役を知る』濱村麻衣子 著|淡交社
・『詳説 書画の装い 掛軸をつくる』薮田夏秋 著|日貿出版社
・紙の縦目とは - 製本用語集 | 製本のひきだし
https://sei-hon.jp/glossary/words/%8E%86%82%CC%8Fc%96%DA.html
中国より伝わり日本文化として根づいた掛軸~その歴史と文化を振り返る~【前編】