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時代を映す鏡 ポスターが表す世界観(前編)

2022/09/07

  • ポスター

街を歩くと自然に目に入ってくるさまざまなポスター。その歩みは印刷技術の進歩と深いかかわりがありました。 前編では、日本及び世界のポスターにまつわる文化の変遷を「印刷技術」という視点からご紹介します。

時代を映す鏡 ポスターが表す世界観(前編)

画像:お仙と菊之丞とお藤(鈴木春信)
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-1239?locale=ja)

近代的なポスター制作が始まる前の江戸時代の日本においては、木版印刷が主流でした。中でも浮世絵は、日本におけるポスターの前史を語るうえで欠かせないものです。

浮世絵の一部である「役者絵」は、当時人気があった歌舞伎役者などを描いたものです。これらの役者絵は、現代でいうところのポスターやブロマイドのように、部屋に飾って眺めるためのものとして人気がありました。
ちなみに同じ浮世絵の中でも「絵びら」は、主に店舗の新規開店時や年末年始の挨拶時に、店主から客へと贈られていたものです。暦の入った華やかな図柄のものが多かったため、店舗内や室内によく飾られていました。こうした「絵びら」は、まず版元が絵柄の部分のサンプル帳を持って商店を回って注文を取り、あとから空いた部分に商店や商品の名前を入れていきました。今でいう「名入りカレンダー」の元祖的な存在であったようです。

また「引札」は、今でいうところのチラシや折り込み広告、あるいは手渡しのビラに該当する広告物でした。浮世絵は江戸時代初期、墨刷り1色の版画からスタートしました。1760年代になると、鈴木春信が木版を使った多色刷り版画の手法を確立。色ごとに絵柄の異なった木版を何枚も彫って重ね刷りすることで、色彩豊かなカラー刷りの美術作品が世に送り出されることになったのです。

こうして完成度が高められた浮世絵は、鮮やかな色で美しい模様を織りだした高級織物である「錦」を思わせる絵=「錦絵」と称されるようになりました。

江戸時代が終わるとともに、日本では長い鎖国が終焉。世界への門戸が開かれます。
錦絵をはじめとする日本の美術作品は、1867年のパリ万国博覧会で陳列されたほか、日本から磁器を輸出する際、破損防止のために木箱の中に詰められていた葛飾北斎の浮世絵の木版画などがきっかけとなり、パリにおいても日本画に注目が集まることになりました。これらの浮世絵は、後にモネやルノワールといった印象派の画家たちにも多くの影響を与えるのです。

時代を映す鏡 ポスターが表す世界観(前編)

画像:冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏(葛飾北斎)
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-11177-4?locale=ja)

鎖国が終わり、海外から石版印刷の技術が日本国内に持ち込まれると、明治から大正時代の日本においても近代ポスター文化が花開きます。

石版印刷によって、それまでの木版印刷よりもグラデーションなどにおいてさらに繊細な表現が可能になりました。こうした色鮮やかな石版印刷によって作られた当時のポスターは、広告メディアにおける最先端の存在となったのです。

明治時代の後半になると、日本画の伝統的表現であった美人画がポスターとしても多く採用されるようになりました。そのころ、ポスター制作に力を入れていた三越呉服店では明治44年、広告ポスターの公募コンクールを実施。橋口五葉の石版35色刷りの美人画が1位に輝きました。
こうした華やかな美人画ポスターブームを陰で支えていたのが、高度に発達した石版による多色印刷技術だったのです。

時代を映す鏡 ポスターが表す世界観(前編)

画像:化粧の女(橋口五葉)※ただし木版多色刷り
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-3385?locale=ja)

一方で、世界における近代ポスターの誕生は1880年代。ボヘミアのアロイス・ゼネフェルダーが石版印刷を発明しました。石版印刷は版画の一種で、磨き上げた石面に墨やクレヨンで直に絵や文字を書いたり、転写紙に書いたものを転写したりして製版して印刷する仕組みです。線の太さ細さをきめ細かく表現できるほか、多色刷りをすることで、色合いや艶も変化するという特長がありました。石版印刷は、これまでのような版を彫る作業が不要にはなったものの、まだまだ手のかかる作業でした。さらに当時は、石版印刷に必要な石灰石が貴重品で入手しにくいという欠点もあったのです。
しかし、石版印刷の台頭によって、ポスターは従来の木版印刷よりもさらに繊細な表現が可能となりました。なかでもジュール・シェレは、赤・青・黄の3種の石版を用いる新たな印刷工程を導入したことで、「ポスターの父」と呼ばれるようになったのです。

その後、19世紀末のフランスでは、印刷技術の進歩に伴って従来の画家と広告デザイナーとの境界線があいまいになりつつありました。伝統を重んじる当時の芸術家たちは、 「印刷によって大量生産されたポスターの絵は、本物の芸術などではない」といった主張をしていたのです。

そんな中、広告画家のトゥールーズ・ロートレックは、パリ市内にある劇場、ムーラン・ルージュのポスター作成の仕事をしていました。彼が描いた踊り子たちのポスターはたちまち有名になり、同時にムーラン・ルージュの評判を不動のものにしたのです。ロートレックの作品には、リトグラフ印刷が持つ特徴が随所に発揮されていました。代表作品のひとつ、「紙吹雪」では、女性の鮮やかなオレンジ色の髪の毛と手袋の黒、そして白のドレスが美しいコントラストをなしているのが分かります。また、ロートレックは日本の木版画から多くの影響を受けていました。彼の絵の中には、霧吹きのような道具を使って画面に絵の具を吹き付けてぼかす、浮世絵の「吹きぼかし」によく似た「crachis」の技法が効果的に用いられています。

こうした広告画家たちの活躍は、グラフィックデザインとイラストレーションの黄金時代という形によって、当時のフランスの文化的繁栄、いわゆるベル・エポックを鮮やかに彩る一要素となったのです。
後編では、ポスターの紙について、そして、国内唯一のポスター博物館についてご紹介します。


文・ながれのほとり


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参考文献:
『日本のポスター史』名古屋銀行40周年「日本のポスター史」編纂委員会 著/凸版印刷株式会社
『ポスター芸術の歴史』デイヴィッド・ライマー 著、海野弘 訳/株式会社原書房
『世界を変えた100のポスター 上&下』コリン・ソルター 著、角敦子 訳/株式会社原書房


時代を映す鏡 ポスターが表す世界観(後編)

 

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