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航路や位置確認をする時に便利な地図~海図の歴史と三種の神器~【後編】

2023/11/24

  • 地図
  • 海図

前編では、陸で使われている地図(陸図)の歴史や種類をお伝えしました。後編となる今回は、海の地図「海図(別名:チャート)」に焦点を当てていきます。あまり馴染みのない海図ですが、どのような目的で誕生し使われているのでしょうか。

航路や位置確認をする時に便利な地図~海図の歴史と三種の神器~【後編】


日本で海図が誕生したのは、明治時代に入ってからだと言われています。この事実に対して、「思っていたより歴史が浅い」と感じた方もいるかもしれません。周りを海に囲まれ、古くからその恩恵を受けてきた島国にもかかわらず、なぜ海図の誕生が明治時代になったのでしょうか。

理由としては、江戸時代の政策が関係しています。1635年(寛永12年)の日本では、海外渡航を禁止する「鎖国令」が出されており、海図の製作が止まっていました。その後、江戸末期になると通商目的で日本を訪れる外国船が増加しますが、水深や正確な島の位置などが分からず、難破する船が続出したそうです。

次第に各国の船員達は、幕府の許可を得て自ら沿岸測量を行うようになります。江戸幕府はその様子を見て、ようやく沿岸測量の重要性に気づくのです。その後、長崎に海軍伝習所が設置され、オランダ式の測量術も導入されます。1862年(文久2年)には、日本初となる航海用沿岸海図「伊勢志摩尾張付紀伊三河」が、1872年(明治5年)には、日本初となる海図「陸中國釜石港之圖(りくちゅうのくにかまいしこうのず)」が誕生しました。

航路や位置確認をする時に便利な地図~海図の歴史と三種の神器~【後編】


日本の海図には、日本語と英語で表記されている「W版」と、英語表記のみの「JP版」の2種類があります。W版は、国際的な基準である「世界測地系(WGS-84)」をもとに作られました。つまり、WGS-84の頭文字が「W」であるため「W版」と呼ばれているのです。

一方でJP版は、世界中の英語版海図を製作していたイギリス海洋情報部が、日本で作られた海図を世界で販売する時に、「日本製の海図ですよ」と分かるように、JAPANの「JP」が付けられたと言われています。そのため、JP版の海図には、海上保安庁とイギリス水路部の紋章が印刷されているのです。

つい、「W版は、WORLDの略称=英語表記」「JP版は、JAPANの略称=日本語表記」と思ってしまいますが、実はこのような背景があり、名前がつけられています。しかし、JP版は海図の電子化に伴い廃版となり、現在紙の海図はW版のみとなっています。

日本の海図は、一般的に陸図より値段が3~5倍ほど高く設定されています。その理由として挙げられるのが、「特殊な紙を使っている」ことです。
海図を使う場所は海の上が多く、濡れることが予想されます。そのため、多少の水では破れない耐久性と、温度や湿度の変化に左右されない、ある程度の強度を併せ持つ特殊な紙でなければいけません。さらに、必要な情報を海図に書き込む時に、書いたり消したりしたことによって、表面が毛羽立たない紙であることも重要です。

その他にも、インクが滲まないことや、印刷した時に文字が透けないこと、記号や文字が鮮明に印刷されるなどが条件として挙げられます。これらの条件を満たすために、海図用に特別な紙を漉いて作っているのです。一見、何の変哲もない紙ですが、実は様々な工夫がされています。

航路や位置確認をする時に便利な地図~海図の歴史と三種の神器~【後編】


海図を使う時に必要な道具が3つあり、使い方を覚えなければ、海図を読むことは勿論、実際に海へ出ることもできないと言われています。その道具が、「筆記用具」「三角定規」「ディバイダ」の3つです。

ディバイダとは、コンパスのような形状の道具であり、海図上の距離を測る時に使われます。筆記用具は、主に鉛筆と消しゴムを使いますが、重要な情報や新たな情報を書き加える場合は、消えないようにボールペンを活用します。

そして三角定規は、A定規とよばれる直角三角形のものと、B定規と呼ばれる直角二等辺三角形のものがあり、線を引く時に役立ちます。この2つを組み合わせて平行に移動させると、方位問わず真っ直ぐな線が引けるようになるのです。もし、実際に海図を見る機会があった時は、3つの道具にも注目してみてください。

航路や位置確認をする時に便利な地図~海図の歴史と三種の神器~【後編】

出典:海図・海状図|海上保安庁 https://www.kaiho.mlit.go.jp/syoukai/tour/main/main08.html

さらに海図には、国際水路機関で定められた特有の記号が印刷されており、ほぼ全ての記号が世界共通で使用できます。実際の東京湾の海図(一部)を見てみましょう。

例えば、海図の様々な場所に点在する、白色でタワーのような形をしたマーク。「右舷浮標(うげんふひょう)」と呼ばれており、標識の設置場所が航路の右側の端、つまり標識の右側は航路外で浅瀬や障害物があることを意味します。海図上部にある台形のマークは「係船浮標(けいせんふひょう)」といい、船舶を繋ぎとめるために設置されたブイ型の浮標のことです。ピンク色の十字マークは、「暗岩(あんがん)」と呼ばれる、海底危険物を意味します。

また、海図内に記載されている数字は水深を表しており、「10₃」は水深10m30cm、「0₈」は水深80㎝と読みます。このように記号や数字の読み方を知っておくと、航路や海についてより深く理解できるのです。

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廃番になった海図はその独特のデザイン性から、商品化されています(画像:羽車スタッフ私物 海図の封筒)

明治時代に誕生した日本の海図。近年は電子化が進み、JP版は廃版になってしまいました。しかし、今でもW版は残っており活用されています。もしかすると、漁業や水産業を生業にしている方が身内や知人にいる場合は、紙の海図を所有しているかもしれません。実際に見て触れることによって、新たな発見があるでしょう。

文・鶴田有紀


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〈参考文献〉
・『海図 面白くてためになる海の地理本』ロム・インターナショナル編|河出書房新社
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309499239/
・英語版紙海図の廃版について|海上保安庁
https://www.kaiho.mlit.go.jp/info/kouhou/post-1011.html
・海のみちしるべ海図の誕生|海上保安庁海洋情報部
https://www1.kaiho.mlit.go.jp/kaizuArchive/birth/index.html
・海の手帳|公益財団法人 日本海事広報協会
https://www.kaijipr.or.jp/attractive/notebook/
・小型船舶免許の取得、更新-小型船舶操縦士試験期間・攻守期間|資料集|一般財団法人 日本海洋レジャー安全・振興協会
https://www.jmra.or.jp/information/information-buoyage

 

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