道案内や位置確認をする時に便利な地図~陸図の歴史や多様化する姿~【前編】
2023/10/20
現在地や目的地を確認する時に使われることの多い地図(陸図)ですが、実は用途や目的によってさまざまな種類が存在します。今回は、そんな魅力あふれる地図の世界を、前編と後編に分けてお伝えします。まず前編では、日本地図の歴史やユニークな世界の地図について見ていきましょう。
日本で初めて、実測地図が作られたのは江戸時代になります。測量を行った人物は、天文学者であり測量家の「伊能忠敬(いのう ただたか)」です。歴史の教科書にも掲載されている人物のため、名前を聞いたことのある人も多いのではないでしょうか。
当時、伊能忠敬は、師匠である「高橋至時(たかはし よしとき)」が、幕府に地図作りと蝦夷地(北海道)までの測量を願い出た時に、測量の担当者に任命されました。これが、全国測量の始まりだと言われています。伊能忠敬を中心に、江戸時代後期である寛政12年(1,800年)から17年かけ全国の測量を行い、日本全土の地図「大日本沿海輿地全図(だいにほんえんかいよちぜんず)」を完成させました。この地図は、別名「伊能図」とも呼ばれています。
残念ながら伊能忠敬は途中で亡くなってしまいますが、大図214枚、中図8枚、小図3枚で構成された伊能図は、文政4年(1821年)に完成し幕府に献上されました。そして、明治維新後に近代測量によって地図が整備されるまで、国家の地図作成に使われたそうです。
その一方で、伊能図が庶民にも使われるようになるのは、幕府に献上されてから50年後の明治時代だと記録されています。それまで庶民は、距離と徒歩交通に必要な情報が書かれた「赤水図(せきすいず)」を使っていましたが、幕末になると西洋文化が急速に広まり始め、同時に地図の定義も変化し、「実測図=地図」となりました。当時の実測図は伊能図のみであったため、庶民にも使われるようになったのです。その後、伊能図は、幕府に献上されてから約100年以上もの間、部分的ではありますが活用され続けます。
ちなみに、伊能忠敬が行ったように、実際に歩いて測量する方法は昭和初期まで続いたそうです。現在は、国土地理院が空中写真をもとに地図を作製する、「空中写真測量」が一般的となっています。
地図がどのようにして誕生したのかを理解したところで、続いては、地図を印刷する紙に注目してみましょう。
通常、地図は何度も開いたり折り曲げたりすることが予想されるため、紙自体にある程度の強度が必要です。それに加え、摩擦や湿気に強いこと、裏が透けない程度のほどよい厚みや光沢感も求められます。印刷もとによって紙の種類は異なりますが、一般的に、厚めの上質紙やマットコート紙、ストーンペーパーなどが使われているようです。
また、国土地理院が発行している地図の用紙は高度な耐久性だけでなく、紙幣と同様の偽造防止技術や、湿度によって寸法に変化が起きないようにする技術なども取り入れた紙を採用しています。
主に、現在地や目的地を探すために用いられる地図ですが、それ以外の目的で作られたり使われたりするものもあります。とくに世界で使われている地図は、個性的なものが多い印象を受けます。続いては、地形以外に焦点を当てて作られた、世界のユニークな地図を見ていきましょう。
例えばヨーロッパには、オリーブオイルとバターの使用量を表した地図が存在します。オリーブオイルが緑色、バターが黄色、そして両方使っている場合は黄緑色に分類され、一目でどこの地域は、何の使用量が多いのかが分かるようになっているのです。その他にもヨーロッパには、食材をテーマにしたユニークな地図が多く、どこでどのチーズが購入できるかを表したチーズの地図も作られています。
出典:European Cheese Map |Europe https://old.reddit.com/r/europe/comments/s2zthm/european_cheese_map/
また世界地図の中には、フィンランドとロシアの交通網の複雑さを比較したものや、アメリカと日本の面積を比較したものなど、何かと何かを比較した地図も多数見られます。
さらに、オーストラリアやニュージーランドでは、政府の公文書や学校教材としては北半球が上にある地図が使われていますが、お土産用や観光者用として、「Down Under Map(逆さ世界地図)」と呼ばれる南半球が上に描かれた地図も製造しているようです。このように地図は、道順や目的地を探す以外にも多様な使い方がされています。
古くから私たちの暮らしに欠かせないものとして、重宝されてきた紙の地図。最近は、携帯電話を使うと目的地や順路を簡単に調べられるため、手にする機会も減ってしまいました。しかし、現在地や順路を大人数で確認する時は地図が見やすいことや、電波の通りにくい山へ行く時は、あえて地図を選ぶ人がいることも事実です。災害時にも役立つでしょう。
そして地図は、海でも活用されています。後編となる次回は、海の地図である「海図」の歴史や魅力についてご紹介します。
文・鶴田有紀
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〈参考文献〉
・『伊能忠敬の日本地図』渡辺一郎著|河出書房新社
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309418124/
・変貌する国土の管理と地図を作る現場 地図と測量の技術大紹介|国土交通省
https://www.mlit.go.jp/common/001067044.pdf
・「伊能図」完成から200年|国土地理院
https://www.gsi.go.jp/common/000236440.pdf
・令和5年度「測量の日」における功労者感謝状贈呈|国土地理院
https://www.gsi.go.jp/kohokocho/kanrisya50001_00111.html
・「測量の日」における功労者感謝状贈呈対象者及び贈呈理由|国土地理院
https://www.gsi.go.jp/kohokocho/hodo/2023/kourousha_2023.pdf