平安時代に誕生した扇子~文化の広がりや歴史を辿る~
2023/04/19
サッと開くと、美しい柄や艶やかな質感の紙が姿を現し、閉じると、凛とした佇まいが目をひく扇子。平安時代に誕生し、今もなお伝統芸能やお茶の席、日常使いなど、さまざまな場面で重宝されています。今回は、華々しい扇子の文化や歴史を辿ってみましょう。
扇子が誕生したのは、平安時代のはじめ頃。794年に都が長岡京から平安京へと移され、貴族の政治や経済、文化の中心地として発展を遂げるなかで誕生しました。当時の扇子は「檜扇(ひおうぎ)」と呼ばれ、薄い檜(ヒノキ)の板を、糸で繋ぎ合わせ作っていたそうです。
檜扇は、貴族の装いの1つとして愛用されていました。そして、平安時代も終わりに近づくと、竹と紙で作られた夏用の「夏扇(なつおうぎ)」が登場します。贈答や装飾用として誕生した檜扇とは異なり、夏扇は、暑さを和らげることを目的とした実用性の高い扇子です。檜扇や夏扇などは、平安京(京都の中心地)で作られたことから、後に「京扇子」と呼ばれるようになります。
さらに江戸時代に入ると、太い骨組みと広い折り幅が特徴の「江戸扇子」が登場します。細い骨組みを、何本も繋いで作る京扇子と対照的な江戸扇子。「丈夫で、余白を生かしたシンプルな柄が粋だ」とされ、多くの人々に好まれました。こうして扇子は、貴族や武士、一般の人々へと広がっていったのです。
1200年の歴史を持ち、国の伝統工芸品にも指定されている京扇子は、ふんだんに使われた金箔や銀箔、錫(すず)や、豊かな色彩と模様が特徴です。檜扇や紙扇子以外にも、能や狂言の際に小道具として用いられる「舞扇」や、お茶の席で使われる「茶扇」、結婚式で花嫁が身につける「祝儀扇」など、用途によって大小さまざまな扇子が作られています。
京扇子の骨組みには、弾力性があり磨くと光沢がでる、若い真竹や孟宗竹(もうそうちく)、牛骨、象牙などを使います。一方で扇面には、和紙を3~5枚ほど貼り合わせて「地紙」を作り、金や銀、錫などの箔を押したり、筆で模様を描きこんだりするそうです。
また和紙は、国の伝統工芸品に指定され三大和紙の1つでもある「土佐和紙」や、800年以上の歴史を持つ京都の「黒谷和紙」など、強くて丈夫なものが使われています。
扇面は、言うならば扇子の「顔」となる部分です。職人が手作業で1つひとつ丁寧に、手描きをしたり箔を置いたりすることによって美しい扇子ができあがります。その土台となる和紙にもこだわっているからこそ、質の高い素敵な製品が生み出されるのでしょう。
最近は、その美しさや華やかさから、国内だけではなく海外からの需要も高まっているそうです。
続いては、扇子を愛用している職業について触れていきましょう。現代では、狂言や能、落語など、伝統芸能で使われているイメージも強い扇子ですが、その他にも持ち歩いている職業があります。その1つが、「棋士(きし)」です。
もともと、和服での対局が一般的であったこともあり、扇子は棋士にとって愛着のある実用品です。また、昭和20~30年代頃は冷房が普及していなかったため、暑さを和らげる扇子は夏場の対局に欠かせない存在でした。
冷房が普及した今でも、対局中のクールダウンに扇子を扇ぐ棋士の姿を見かけます。なかには、自身の「座右の銘」や縁起の良い言葉を扇面に書く棋士もいるため、注目している将棋ファンも多いようです。例えば、羽生義治九段が持っている扇子には、「清正見知」と書かれているものがあり、「清く正しい目で見て、心に悟る」という意味が込められています。
また、藤井聡太さんが竜王になった際に販売された、揮毫(きごう)入り扇子には、「物事を思い切ってやる」「決断力があること」を意味する「果断」の二文字がしたためられていました。このように扇子は、棋士の性格や対局に挑む姿勢などを垣間見ることができる、ユニークな存在でもあるのです。
平安時代に誕生し、今もなお職人の手によって伝統が守られ、作られている扇子。現代でも用途の幅を広げ、さまざまな場所で見かけるようになりました。デザインも、伝統的な模様から近代的な柄まで豊富なうえに、土佐和紙のように国指定の伝統工芸品を素材として使っている製品もあります。細身で軽量のため、持ち運びにも困りません。ぜひ、素材やデザインを吟味して、お気に入りの1本を見つけてみてください。
文・鶴田有紀
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〈参考文献〉
・『シリーズ日本の伝統芸能12その他の工芸品』リブリオ出版
・『棋士と扇子 山田史生 著』里文出版
・平城京の歴史|国土交通省 近畿整備地方局
https://www.kkr.mlit.go.jp/asuka/initiatives-heijo/history.html