一枚の懐紙で伝わる気持ち ―懐紙の歴史と新たな可能性(前編)
2020/06/19
懐紙と聞いてなにを思い浮かべますか?茶席でお菓子や抹茶をいただく風景でしょうか?
懐紙の歴史は古く、使われ方は多岐に渡ります。
その歴史をひも解きながら、現代における新しい懐紙の姿をご紹介していきます。
画像上:(Photo AC)
懐紙は名前の通り、懐に入れて携帯するために二つ折りされた和紙の束を指しています。その歴史は、まだ紙が貴重だった平安時代にまで遡ります。貴族たちは懐紙を身だしなみとして常に懐に入れておき、日常のさまざまな場面で用いました。それは今でいうハンカチやちり紙、メモ用紙や便箋としての役目を担っていたと考えられます。懐紙に和歌や消息をしたためた当時のものが今でも現存しており、後鳥羽天皇の「熊野懐紙」などが有名です。
その当時は懐紙を「かいし」とは別に「ふところがみ」とも呼び、また現在の懐紙よりも大きい紙を折り畳んで懐中に仕舞っていたことから「たたみがみ」とも言われていました。その後、「たとうがみ」へと音が変化していきます。この「たとうがみ」が今でも使われている場があります。それは皇室です。皇室の方々が装束をお召しのときは、懐紙よりも大きい「たとうがみ」を懐中されています。その中でも、天皇・皇后両陛下が重要な儀式の際に着用する装束に懐中される懐紙のことを「御帖紙(おんたとうし)」と呼び、先日執り行われた令和の即位礼正殿の儀でも御帖紙を懐中されている姿がご覧いただけました。
画像上:(Photo AC)
時代は進み、江戸時代後期になると庶民がごく普通に懐紙を利用していました。当時、日本を訪れた西洋人の記録には、日本人が懐から懐紙を取り出して鼻をかみ一度で捨ててしまうのを見て驚いたと記されています。そして明治維新以降になると、女性らしい振る舞いや教養を身に付ける花嫁修業の一環として茶道を始める女性が爆発的に増えます。それと同時に、懐紙は良妻の七つ道具ともいわれ、懐中だけでなく洋服を着用する際はバッグの中に入れ携帯していたのです。しかし女性の社会進出が加速するにつれて茶道人口も減っていき、同時に懐紙も普段の生活では触れる機会が少なくなっていきました。
画像上:(Photo AC)
現在で懐紙を目にする機会が多いのは、改まった懐石料理やお茶の席になります。特に茶道において懐紙は必需品です。お菓子をのせたり、抹茶を飲んだ後に茶碗の飲み口を拭いたり、食べきれないお菓子を持ち帰るときの包み紙にしたりと、茶道の中でも多様な使われ方をしています。茶道の席で用いられる一般的な懐紙は、女性用が縦175㎜×横145㎜、男性用が205㎜×175㎜の2種類あり女性用が少し小ぶりになります。
今では懐紙は茶道具の1つとしてイメージされる方も多くおられますが、これまでの長い懐紙の歴史をのぞくと、懐紙は日本人の生活に根付いていたのが分かります。それは「書く・拭く・包む」という全ての用途に対応しているからではないでしょうか。ちょっとした時に、懐紙の一枚でより丁寧に心のこもった対応ができるなんて素敵ですよね。後半では、モダンでより普段使いしやすい懐紙を使って、新しい活用方法をご紹介していきます。
文・舟橋朋子
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取材協力:懐紙専門店 辻徳
参考文献:
『茶掛の懐紙』淡交社
『懐紙で包む、まごころを贈る』淡交社
一枚の懐紙で伝わる気持ち ―懐紙の歴史と新たな可能性(後編)