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コラム「紙と生活」

百貨店の包装紙 伝統と変遷(前編)

  • 包装紙
2020/02/26

華やかでオリジナリティーに富んだ包装紙は、百貨店のシンボルともいえます。現在に繋がるデザインは戦後に考案され、時代とともに変化してきました。
今回は、高島屋のバラの包装紙についてご紹介します。

百貨店の包装紙 伝統と変遷(前編) 華やかで贈答品にふさわしい、百貨店の包装紙。
各店ともオリジナリティーに富んだデザインで、ひと目見ればどの百貨店の包装紙かが分かるほど、それぞれが周知されています。

1905(明治38)年、三越呉服店がデパートとしての営業を始めるにあたって「デパートメント宣言」を発表してから、日本には次々と百貨店が誕生しました。
この頃からさまざまな包装紙が作られていましたが、現在に繋がるデザインが生まれたのは戦後期です。
荒廃した戦後社会の中で、各百貨店はグラフィック・デザイナーや画家に依頼し、競うように新しい包装紙を作ったといわれています。

数ある中でも、今回はバラがシンボルマークとなっている高島屋の包装紙についてご紹介します。

高島屋が初めて包装紙のデザインにバラの花を採用したのは、1952年(昭和27年)のこと。
戦後の混乱期で社会の改変が進む中、「新しい思潮にマッチするように」と、新しい包装紙のデザインが考案されることになったといいます。
さまざまなデザイン案が挙がりましたが、当時の飯田慶三社長が「美の象徴として愛されるバラの花を高島屋の花としたい」と考え、デザインに採用したのがはじまりです。

百貨店の包装紙 伝統と変遷(前編) 画像上:1952年から採用された、初代のバラの包装紙

初代のバラの包装紙は、現在よりも大きなバラが一本描かれ、白地の部分が目立ちます。
デザインを手掛けた金野弘氏によると、当時は写真製版が優れてなかったので、バラを網点表現にしたそうです。
百貨店の包装紙 伝統と変遷(前編) 画像上:1957年から採用された、第2世代のバラの包装紙

1957年には、高島屋の大阪支店新館完成を記念して、デザインがリニューアルされました。
初代は赤の一色刷りだったのが、赤と緑の二色刷りになりました。

百貨店の包装紙 伝統と変遷(前編) 画像上:1980年から採用された、第3世代のバラの包装紙

1980年には、髙島屋の創業150周年に合わせて、洋画家の高岡徳太郎氏による輪バラのデザインにリニューアル。
輪バラは、モダンローズという品種のバラです。
当時はバラといえば切り花に代表されるモダンローズが主流だったことから、デザインのモデルとなりました。
百貨店の包装紙 伝統と変遷(前編) 画像上:2007年から採用されたバラの包装紙。現在も高島屋の包装紙はこのデザイン

2007年には高島屋新宿店のリニューアルオープンを機に、百貨店イメージをおしゃれに一新しようとの思いからイングリッシュローズのデザインへと変更されました。 第3世代のデザインが考案された1980年と比べて日本には新しいバラが輸入されるようになり、よりモダンなデザインを目指すためにバラの品種を変更したのです。 デザインのモチーフは、ドイツの硬質磁器ブランド「マイセン」から高島屋へ寄贈された飾り皿に描かれている、イングリッシュローズの図柄です。

華麗さと優雅さで、四季を問わず多くの人々から愛されているバラの花。
そんなバラのデザインが施された包装紙には、「多くのお客様から愛され、親しまれる百貨店を目指す」という高島屋の企業理念が込められています。
時代に合わせてデザインは変化を遂げながら、思いは代々受け継がれているのです。


文・松尾友喜



取材協力・画像提供:株式会社高島屋

参考文献:
『高苑』高島屋編
『絵とき百貨店「文化誌」』宮野力哉著/日本経済新聞社

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株式会社 羽車は封筒・紙製品・印刷物の製造販売を行っています。1918年に大阪で創業しました。

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